ネットワークを構築するだけでなく、その稼働状況を常に監視し、安定した品質を維持し続けるのが「運用管理」の重要な役割です。ネットワークスペシャリストには、障害を未然に防ぎ、トラフィックの増大にも柔軟に対応できる、プロアクティブな視点が求められます。
例えば、「SNMPを使ってルーターのCPU使用率を監視する方法は?」「同一宛先への経路が2つある場合、トラフィックをどうやって効率的に分散させるか」「無線通信で使われる多重化技術の基本的な違いは何か」。これらの知識は、日々のネットワーク運用を支え、トラブル発生時の迅速な問題解決に繋がる、実践的なスキルセットです。
本記事では、ネットワーク監視のデファクトスタンダードであるSNMPの仕組みから、経路の負荷分散を実現するECMP、そして通信の基礎となる多重化方式まで、品質・運用管理の分野で必須となる技術を解説します。ネットワークの「健康状態」を正しく把握し、最適化するための知識を身につけましょう。
目次
ネットワーク監視の標準プロトコル│SNMPの仕組みとMIBの役割
大規模なネットワークに接続された多数の機器(ルーター、スイッチ、サーバーなど)を、一台ずつ手動で状態を確認して回るのは現実的ではありません。SNMP (Simple Network Management Protocol)は、これらのネットワーク機器を一元的に監視・管理するための、古くから使われている標準的なプロトコルです。
SNMPの基本コンポーネント
SNMPによる監視は、主に以下の2つの登場人物によって成り立っています。
- SNMPマネージャ: 監視を行う側のサーバーです。各機器に対して情報の要求を送り、結果を収集・表示したり、異常を検知した際に通知を受け取ったりします。
- SNMPエージェント: 監視される側のネットワーク機器で動作するソフトウェアです。自身の状態を保持しており、マネージャからの要求に応じて情報を提供したり、機器に異常が発生した際に自律的にマネージャに通知(SNMPトラップ)を送ったりします。
監視項目のデータベース:MIB (Management Information Base)
SNMPエージェントは、CPU使用率、メモリ使用率、トラフィック量、ポートの状態など、自身の様々な情報を持っています。しかし、マネージャは「どの情報を、どういう形式で取得できるのか」を知る必要があります。
その「監視できる情報のリストとその仕様を定義したデータベース」がMIBです。MIBは、木のような階層構造(ツリー構造)になっており、一つ一つの情報にはOID (Object Identifier)という世界中で一意になる識別番号が割り当てられています。
マネージャは、このOIDを指定して「1.3.6.1.2.1.1.1.0
(システムの基本情報) の値をください」といった形で、エージェントに必要な情報を要求します。
【実生活での例え】🏥
SNMPは病院の健康診断に例えられます。
- SNMPマネージャ: 医師。患者の状態を把握したい。
- SNMPエージェント: 患者。自身の健康状態を持っている。
- MIB: 健康診断の問診票や検査項目リスト。「1-1: 氏名」「5-3: 血圧」のように、質問項目が番号(OID)で標準化されている。
医師は、このリスト(MIB)に従って「5-3の血圧を教えてください」と患者に質問(SNMPリクエスト)し、患者はそれに答えます。また、患者が急に倒れた場合(異常発生)、ナースコールで医師を呼び出します(SNMPトラップ)。
SNMPとMIBの仕組みを理解することは、ネットワーク監視システムの設計や運用において、どのような情報を収集でき、どのように異常を検知するかを考える上での基礎となります。
通信経路の負荷分散を実現するECMP│等コストマルチパスのメリット
ネットワークの信頼性とスループットを向上させるため、特定の宛先に対して複数の経路(冗長経路)を用意することは一般的です。しかし、通常ルーティングプロトコルは最適経路を一つだけ選択し、他の経路は待機系としてしか利用しません。これでは帯域幅を有効に活用できません。
ECMPの概念と目的
ECMP (Equal-Cost Multi-Path)は、宛先へのコスト(メトリック)が等しい複数の経路がある場合に、それらの経路をすべて使用してトラフィックを負荷分散させる仕組みです。これにより、利用可能な帯域幅を最大限に活用し、ネットワーク全体のパフォーマンスを向上させることができます。
例えば、ルーターAからルーターDへの経路として、B経由とC経ியの2つがあり、どちらの経路もコスト(ホップ数や帯域幅から計算される値)が同じだったとします。ECMPが有効な場合、ルーターAはD宛のトラフィックをBとCの両方に振り分けて転送します。
ハッシュ計算によるフローの分散
ECMPは、パケットごとにランダムに経路を振り分けるわけではありません。もしパケット単位で経路が異なると、受信側でパケットの順序が入れ替わってしまい、TCP通信などで大量の再送が発生する原因となります。
これを防ぐため、ECMPでは通常、パケットのヘッダ情報(送信元/宛先IPアドレス、送信元/宛先ポート番号など)を元にハッシュ値を計算し、その結果に基づいてどの経路に転送するかを決定します。これにより、同一の通信フロー(同じ送信元から同じ宛先への一連の通信)に属するパケットは、必ず同じ経路を通ることが保証されます。
【実生活での例え】🚗
ECMPは「料金も所要時間も全く同じ、2本の高速道路」の料金所に似ています。
- ECMPがない場合: 交通管制は、常に「1号線が最適です」と案内し、2号線は緊急時まで使いません。1号線だけが渋滞します。
- ECMPがある場合: 料金所の係員(ルーター)が、車のナンバープレート(ヘッダ情報)を見て、「奇数ナンバーは1号線へ、偶数ナンバーは2号線へ」と機械的に振り分けます。これにより、2本の道路を効率的に使い、全体の流れがスムーズになります。
ECMPは、特定のリンクにトラフィックが集中するのを防ぎ、ネットワークリソースを有効活用するための重要な技術です。データセンターのネットワークなど、高いスループットが求められる環境で広く利用されています。
多重化・多元接続方式の基礎│TDM, FDM, CDMの違いを理解する
一本の物理的な通信媒体(光ファイバー、銅線、電波など)で、複数の異なる通信を同時に行うためには、信号を分離・識別するための何らかの工夫が必要です。この、通信路を共有するための技術が多重化(Multiplexing)です。ここでは、その代表的な方式であるTDM, FDM, CDMについて解説します。
時間を分割して共有するTDM
TDM (Time Division Multiplexing)は時分割多重と訳され、通信に使う時間を非常に短い単位(タイムスロット)に分割し、各ユーザーに順番に割り当てる方式です。
ユーザーAが最初のタイムスロットを使い、次にユーザーB、その次にユーザーC、そして再びユーザーAに戻る…というサイクルを高速に繰り返すことで、あたかも複数のユーザーが同時に通信しているように見せかけます。初期のデジタル電話網(ISDN)などで利用されていました。
【実生活での例え】👨🏫
TDMは「一人の先生が、複数の生徒の質問に順番に答える」様子に似ています。先生はまずA君の質問に10秒答え、次にBさんの質問に10秒答え、C君の質問に10秒答えます。これを繰り返すことで、全員の質問に並行して対応していきます。
周波数を分割して共有するFDM
FDM (Frequency Division Multiplexing)は周波数分割多重と訳され、利用可能な周波数帯域を複数の小さな帯域(チャネル)に分割し、各ユーザーに異なるチャネルを割り当てる方式です。
各ユーザーは、お互いのチャネルが混信しないように、自分に割り当てられた周波数帯域だけを使って常に通信できます。アナログ時代の電話網や、AM/FMラジオ、テレビ放送などがこの方式を利用しています。
【実生活での例え】📻
FDMは「ラジオ放送」そのものです。一つの空間に様々な放送局(ニッポン放送、TBSラジオ、TOKYO FMなど)の電波が飛んでいますが、それぞれが異なる周波数を使っているため、私たちはチューナーを合わせることで聞きたい放送だけを選んで聞くことができます。
符号を使って信号を分離するCDM
CDM (Code Division Multiplexing)は符号分割多重と訳され、各ユーザーに固有の特殊な符号(拡散符号)を割り当てる方式です。多元接続(Multiple Access)の文脈でCDMAとも呼ばれます。
全ユーザーが同じ時間・同じ周波数を同時に使って信号を送りますが、送信時に固有の符号を掛け合わせることで、受信側はその符号を使って目的のユーザーの信号だけを分離・抽出することができます。第三世代携帯電話(3G)などで中心的に利用された技術です。
【実生活での例え】🎉
CDMは「騒がしいパーティ会場での会話」に似ています。大勢の人が同時に話していますが(同じ時間・周波数)、私たちは聞きたい相手の声(特定の符号)だけを聞き分けることができます。
方式 | 分割するリソース | 主な特徴 |
---|---|---|
TDM | 時間 | 各ユーザーにタイムスロットを順番に割り当てる |
FDM | 周波数 | 各ユーザーに異なる周波数チャネルを割り当てる |
CDM | 符号 | 各ユーザーに固有の符号を割り当て、信号を識別する |