苦労の末に構築したネットワークが、ついに本番稼働を迎えました。しかし、ITインフラの世界では、サービスインはゴールではなく、新たなスタートラインです。どれだけ優れた設計・構築を行っても、日々の適切な「運用・保守」がなければ、ネットワークは徐々に劣化し、やがて大きな障害を引き起こします。
本記事では、ネットワークの安定稼働を陰で支える、この最も重要な「運用・保守」フェーズに焦点を当てます。利用者対応から構成管理まで、現場で求められる6つの重要なタスクを体系的に解説し、まさに「教科書」として使える知識を提供します。
ネスペ午後試験で問われる障害対応や仕様変更のシナリオは、すべてこの運用・保守業務がベースとなっています。地道ながらも奥深い世界を学び、真に信頼されるネットワークエンジニアを目指しましょう。
目次
利用者対応│教育とトラブルシューティングの勘所
運用・保守業務の最前線に立つのが、ネットワークを実際に利用する人々、すなわち「利用者」への対応です。利用者がネットワークを円滑かつ安全に使えるようにサポートし、トラブル発生時には最初の窓口として機能する重要な役割を担います。
アカウント管理とセキュリティ手順の周知
利用者がネットワークやシステムを使い始めるための最初のステップです。
- アカウント発行・管理:
新規入社や部署異動に伴うネットワークアカウントの発行、権限の変更、退職時のアカウント削除などを行います。IDとパスワードの命名規則や管理方法を定め、適切に運用します。 - セキュリティ手順の周知:
「パスワードは定期的に変更する」「不審なメールの添付ファイルは開かない」といった、利用者が守るべき情報セキュリティ上のルールを定め、周知徹底します。これは、技術的な対策だけでは防ぎきれない脅威への重要な対策となります。
教育計画とヘルプデスク業務
利用者のITリテラシーを向上させ、日々の疑問やトラブルを解決するための活動です。
【身近な例え】
これは、新しい家電製品を買った時の「取扱説明書」と「お客様相談センター」の関係に似ています。まず説明書(教育)を読んで基本的な使い方を覚えてもらい、それでも解決しない問題があれば相談センター(ヘルプデスク)に電話しますよね。
業務 | 内容 |
---|---|
教育計画 | 新入社員向けのIT研修や、新しいシステム導入時の操作説明会などを計画・実施する。よくある質問(FAQ)サイトを整備することも有効。 |
ヘルプデスク | 「ネットワークに繋がらない」「パスワードを忘れた」といった利用者からの問い合わせを受け付ける窓口。単純な問題はその場で解決し、複雑な問題は専門チームへ引き継ぐ(エスカレーションする)一次切り分けを行う。 |
【仕事例】
ヘルプデスクには、同じような問い合わせが繰り返し寄せられることがよくあります。例えば「Web会議の音声が途切れる」という相談が多発した場合、それは個人の問題ではなく、ネットワーク全体の帯域不足といった根本的な問題を示唆している可能性があります。このように、日々の利用者対応から得られる情報は、ネットワークの潜在的な課題を発見し、次の改善計画に繋げるための貴重なデータソースとなるのです。
保守・更新(アップグレード)の方針策定│プロアクティブな改善計画
日々の障害に対応する「リアクティブ(受動的)」な運用だけでなく、将来の問題を未然に防ぎ、ネットワークをより良くしていく「プロアクティブ(能動的)」な活動が、運用・保守フェーズでは極めて重要です。その中核となるのが、保守と更新に関する方針を策定することです。
システム能力分析に基づく改善計画
ネットワークは一度作ったら終わりではありません。ビジネスの変化に伴い、トラフィックの量は増え、新たなアプリケーションが導入され、求められる性能は常に変化します。
【仕事例】
ネットワーク監視ツールで収集したトラフィック量の長期的な推移を分析した結果、「このままのペースで利用者が増えると、半年後にはインターネット回線の帯域が不足する」という予測が立ったとします。これに基づき、障害が実際に発生する「前」に、回線の増強計画を立案し、予算を確保するといった活動がプロアクティブな保守です。
- 分析の観点:
- 性能:回線の帯域使用率、ネットワーク機器のCPU・メモリ使用率の傾向分析。
- 容量:IPアドレスの空き状況、スイッチの空きポート数。
- 機能:現在の構成で、今後導入予定の新しいシステム(例:クラウドサービス)に対応できるか。
ライフサイクル管理:EOS/EOLへの備え
ネットワーク機器には、人間と同じように「寿命」があります。メーカーが定めたサポート終了日に備え、計画的に機器を交換(リプレース)していく必要があります。
【身近な例え】
スマートフォンのOSアップデートに似ています。古い機種はいずれ最新OSのアップデート対象外になり、セキュリティ上のリスクも増えるため、多くの人が新しい機種に買い替えますよね。ネットワーク機器も同様に、メーカーのサポートが切れる前に後継機へ交換する必要があります。
用語 | 意味 |
---|---|
EOS (End of Sales) | 販売終了日。この日以降、その製品を新品で購入することはできなくなる。 |
EOL (End of Life) / EoS (End of Service) | サポート終了日。この日以降、メーカーからのセキュリティパッチの提供や、故障時の保守サポートが受けられなくなる。 |
運用担当者は、自システムで利用している全機器のリスト(資産台帳)を作成し、それぞれのEOS/EOL情報を常に把握しておく必要があります。そして、EOLを迎える1〜2年前から後継機種の選定や予算確保の計画を立て、システムの陳腐化を防ぎます。これらの方針を中期的なIT投資計画として文書化し、経営層の合意を得ることも重要な役割です。
保守計画の作成│サービス影響を最小限に抑える段取り
前項で策定した方針に基づき、OSのバージョンアップや機器交換といった個別の保守作業を実施する際には、必ず詳細な「保守計画」を立てます。思いつきやアドリブでの作業は、大規模な障害を引き起こす元凶です。計画を文書化し、関係者とレビューすることで、作業の安全性と確実性を高めます。
作業手順書の作成
保守計画の中核をなすのが、具体的な作業内容を時系列で詳細に記述した「作業手順書」です。誰が作業しても同じ結果になるよう、曖昧さを徹底的に排除して作成します。
【身近な例え】
これは、パイロットが離陸前に行う「フライト前チェックリスト」に似ています。膨大な確認項目を記憶に頼るのではなく、リスト化された手順を一つひとつ指差し確認することで、人為的なミスを防ぎ、安全なフライトを実現します。
- 手順書に盛り込むべき項目:
- 作業目的:この作業で何を実現するのか。
- 作業日時:サービスへの影響が最も少ない深夜・早朝帯などを選定。
- 影響範囲:作業中にどのサービスが、どのくらいの時間停止する可能性があるか。
- 作業手順:投入するコマンド、確認するコマンドなどを、実行する順番に沿って具体的に記述。
- 確認手順:作業完了後、正常な状態に戻ったことをどう確認するかの手順。
- 切り戻し手順:万が一作業が失敗した場合に、元の状態に復旧させるための手順と判断基準。
周知と関係者調整
手順書が完成したら、作業を実施する前に、その内容について関係各所へ説明し、承認を得る必要があります。
【仕事例】
基幹ルーターのOSバージョンアップ作業を行う場合、情報システム部内でのレビューはもちろんのこと、そのルーターを経由してサービスを提供している業務システムの担当部署や、場合によっては顧客にも事前通知を行います。「X月X日の深夜2時から4時にかけて、システムを停止します」といった具体的な告知を行い、利用者側の準備や協力を仰ぎます。
調整・周知の対象 | 目的 |
---|---|
技術レビュー担当者 | 手順書に技術的な誤りや考慮漏れがないかをダブルチェックしてもらう。 |
システム利用者・顧客 | サービス停止の事実と時間を事前に通知し、業務への影響を最小限に抑える。 |
上位管理者 | 作業のリスクと影響を報告し、実施の承認を得る。 |
これらの入念な計画と調整を経て初めて、安全な保守作業を実施する準備が整うのです。
保守・更新の実施│手順書に基づく確実な作業と記録
入念な計画と関係者調整が完了し、いよいよ保守・更新作業の当日を迎えます。この段階で最も重要なのは、作成した作業手順書から逸脱せず、一つひとつの手順を確実に実行し、その記録を残すことです。自己判断による手順の省略や変更は、予期せぬトラブルの引き金となります。
手順書に基づく確実な作業
作業当日は、承認された手順書を「正」とし、そこに書かれているコマンドや操作を忠実に実行します。
【仕事例】
複数人で作業を行う場合は、一人がコマンドを読み上げ(コール)、もう一人がそれを復唱しながら実行(ラン)し、さらに第三者が画面を見て結果を確認(チェック)する、といった役割分担(コールアンドレスポンス)をすることで、人為的なミスを極限まで減らすことができます。
- 作業中の鉄則:
- 勝手な判断をしない:手順書にないコマンドの実行や、手順のスキップは厳禁。
- こまめな確認:一つの設定変更ごとに、意図した通りに設定が反映されているか、予期せぬ影響が出ていないかを確認コマンドでチェックする。
- 進捗の共有:作業の進捗状況や、何か問題が発生した場合は、速やかに関係者へ報告・連絡・相談(報連相)を行う。
作業内容の記録
「何時にどのコマンドを実行し、どのような結果が返ってきたか」という作業の証跡(エビデンス)をすべて記録します。これは、作業が計画通りに正常に完了したことを証明するだけでなく、万が一トラブルが発生した際に原因を追跡するための非常に重要な情報となります。
【身近な例え】
これは、船の「航海日誌」に似ています。いつ、どこで、どのような天候で、どちらに進路を取ったかを記録しておくことで、現在位置を正確に把握し、何かあった時に航路を遡って原因を調査することができます。
「切り戻し」の冷静な判断
作業中に予期せぬ問題が発生し、計画時間内に解決できないと判断した場合は、躊躇なく「切り戻し」を実行します。事前に定めた切り戻し手順に基づき、作業前の状態にシステムを復旧させます。
ここで重要なのは、「もう少し頑張れば解決できるかもしれない」といった根拠のない楽観論に頼らないことです。サービス停止時間を長引かせることは、利用者にとって最大の損害となります。問題を深追いするよりも、まずはサービスを復旧させることを最優先するのが、プロフェッショナルとしての正しい判断です。
バックアップとデータ回復│万が一に備える復旧計画
どれだけ堅牢なネットワークを構築・運用していても、ハードウェアの故障や設定ミスといった予期せぬ事態は起こり得ます。そうした万が一の事態に備え、システムを迅速に元の状態に戻すための最後の砦が「バックアップとデータ回復」の計画です。この計画がなければ、たった一度のミスがビジネスに致命的な損害を与えかねません。
何を、どのくらいの頻度でバックアップするか?
まず、失われると復旧が困難になる重要な情報を洗い出し、バックアップの対象と頻度を定義します。
【仕事例】
ネットワーク機器の設定情報(コンフィグ)は、最も重要なバックアップ対象です。多くの現場では、スクリプトなどを使って深夜に自動で全機器のコンフィグをTFTPサーバー等へバックアップし、世代管理(過去数日〜数週間分を保存)しています。これにより、「昨日の設定変更が原因で問題が起きたので、一昨日の状態に戻したい」といった要求に迅速に対応できます。
バックアップ対象 | なぜ重要か? | 取得頻度の例 |
---|---|---|
機器のコンフィグレーション | 機器が故障し交換した際に、バックアップがあれば迅速に同じ設定を復元できる。 | 毎日(深夜バッチなど) |
各種ログ(Syslogなど) | 障害発生時の原因調査や、セキュリティインシデントの追跡に不可欠な情報となる。 | 常時(リアルタイム転送) |
関連ドキュメント | ネットワーク構成図やIPアドレス管理表なども、機器とは別にバックアップしておく。 | 構成変更の都度 |
リストア訓練の重要性
バックアップは「取っておしまい」ではありません。いざという時に、そのバックアップから本当にシステムを復旧(リストア)できなければ、何の意味もありません。
【身近な例え】
これは、非常用の「防災バッグ」と同じです。バッグを準備しただけで満足せず、定期的に中身を確認(リストア訓練)しなければ、いざ避難する時に「保存水の期限が切れていた」「ラジオが電池切れだった」といった事態になりかねません。
そのため、情報システムの世界では、定期的に「リストア訓練」を行うことが強く推奨されています。
- リストア訓練の内容:
- 検証環境に予備の機器を用意する。
- バックアップデータを使って、実際に機器の設定を復元してみる。
- 作成した復旧手順書に間違いや分かりにくい点がないかを確認し、改善する。
この訓練を繰り返すことで、手順書が洗練されるだけでなく、担当者自身のスキル向上にも繋がります。バックアップとリストアは常にセットで考えることが、真の事業継続計画(BCP)の第一歩となるのです。
ネットワーク構成管理の重要性│「あるべき姿」を維持する
運用・保守フェーズにおいて、システムの安定性を長期的に維持するための土台となる活動が「構成管理」です。これは、ネットワークを構成する全ての要素(ハードウェア、ソフトウェア、設定、ドキュメントなど)を正確に把握し、常に最新の状態に維持・管理することです。
構成管理がなぜ重要か?
構築直後のネットワークは、設計書通りに作られた「あるべき姿」になっています。しかし、日々の運用の中で行われる小さな設定変更やパッチ適用が記録されないままだと、設計書と現実の姿が徐々に乖離していきます。この状態では、障害発生時に正確な原因調査ができなかったり、安易な変更が新たな障害を生んだりする原因となります。
【身近な例え】
これは、家の「設計図」に似ています。新築時の設計図は完璧ですが、その後リフォーム(設定変更)をしたのに図面を更新しなかったらどうなるでしょう?数年後、壁に穴を開けようとしたら、図面にない水道管を破損させてしまうかもしれません。構成管理は、この「設計図」を常に現実の状態と一致させておくための活動なのです。
何を管理するのか?:構成管理データベース(CMDB)
構成管理では、管理すべき情報(構成アイテム:CI)を、「構成管理データベース(CMDB)」と呼ばれる場所で一元管理します。
構成アイテム(CI)の分類 | 管理する情報の例 |
---|---|
ハードウェア資産 | ルーター、スイッチ等の機種名、シリアル番号、設置場所、保守契約情報 |
ソフトウェア資産 | OSのバージョン、ライセンス情報 |
論理構成情報 | IPアドレス管理表、VLAN-ID一覧、ルーティング設計 |
ドキュメント類 | ネットワーク構成図、作業手順書、テスト報告書 |
変更管理プロセスとの連携
構成管理を形骸化させないために最も重要なのが、「変更管理」プロセスと連携させることです。
- ルール:「構成アイテムに対する全ての変更は、必ず承認された『変更計画』に基づいて行い、作業完了後は速やかにCMDBを更新する」というルールを徹底します。
許可なく行われた設定変更は、構成管理の観点からは「異常」として検知されるべきです。このように、厳格なルールに基づいてネットワークの「あるべき姿」を維持し続けることが、長期的な安定稼働を実現する上で不可欠なのです。
まとめ
今回は、ネットワークの安定稼働を支える日々の「運用・保守」業務について、6つの重要なタスクを解説しました。
- 利用者対応:ユーザーの最前線に立ち、課題の芽を見つける。
- 方針策定:将来を見据えたプロアクティブな改善を計画する。
- 保守計画の作成:安全な作業のための緻密な段取りを行う。
- 保守・更新の実施:計画に基づき、確実な作業と記録を残す。
- バックアップと回復:万が一の事態からの迅速な復旧を担保する。
- 構成管理:システムの「あるべき姿」を常に維持する。
これらの地道な活動の積み重ねが、障害を未然に防ぎ、ユーザーが安心して使えるネットワーク環境を実現します。この考え方は、次の「ネットワークシステムの管理」フェーズにおける、より高度な監視や分析活動の基礎となります。
次回、連載第5回では、日々の状態を監視し、異常を分析する「ネットワークシステムの管理」フェーズについて解説します。