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【ネスペ午後対策】ITIL, PMBOK, 共通フレーム│システム開発・運用の主要規格

優れたネットワーク技術者が大規模プロジェクトで活躍するためには、技術力だけでなく、プロジェクト全体を円滑に進めるための「共通言語」と「羅針盤」が不可欠です。それが、ITILやPMBOKといった標準規格やフレームワークです。これらは、システム開発、プロジェクト管理、ITサービス運用における先人たちの知恵と成功事例(ベストプラクティス)の結晶と言えます。

「インシデント管理と問題管理の違いは何か?」「PMBOKにおける10の知識エリアとは?」「なぜ開発プロセスで共通フレームが必要とされるのか?」──これらの問いへの理解は、エンジニアとしてだけでなく、プロジェクトの一員として、他部門の担当者や顧客と円滑なコミュニケーションを図る上で極めて重要です。

本記事では、ネットワークスペシャリスト試験でも問われる主要な標準規格とフレームワークに焦点を当て、それぞれの目的と全体像を解説します。技術という「点」の知識を、プロジェクトという「線」や「面」で活かすための視点を身につけましょう。


国際標準と国家規格の基本│ISOとJISの関係性

ITプロジェクトや製品開発において、特定の国や地域だけでなく、世界中で通用する「ものさし」があると非常に便利です。その役割を担うのがISOJISといった標準規格です。これらは品質を保証し、国際的な取引を円滑にするための基盤となります。

世界的な標準を定めるISO

ISO (International Organization for Standardization)は、スイスのジュネーブに本部を置く非政府組織で、電気・電子分野を除くあらゆる産業分野(工業、農業、医薬品など)における世界的な標準を策定しています。日本語では国際標準化機構と訳されます。

ISOが定める規格は、製品そのものだけでなく、品質管理や環境保護、情報セキュリティといった組織の仕組み(マネジメントシステム)に関するものも多くあります。各国の代表的な標準化団体によって構成されており、国際的なコンセンサスに基づいて規格が作られます。

日本の国家規格JIS

JIS (Japanese Industrial Standards)は、日本の産業製品に関する規格や測定法などを定めた日本の国家規格です。日本語では日本産業規格(2019年までは日本工業規格)と呼ばれます。

JISは、製品の品質改善、安全性の確保、生産効率の向上、取引の単純化などを目的としています。乾電池のサイズやトイレットペーパーの幅など、私たちの身近な製品の多くがJISに基づいて作られています。

ISOとJISの関係性

多くのJIS規格は、対応するISO規格を翻訳し、日本の実情に合わせて内容を調整した上で制定されています。これにより、日本の製品やサービスが国際的な基準を満たしていることを示しやすくなります。

例えば、情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)に関する国際規格として「ISO/IEC 27001」がありますが、これに対応するJIS規格が「JIS Q 27001」です。日本の組織が「JIS Q 27001」の認証を取得するということは、実質的に国際標準である「ISO/IEC 27001」の要求事項を満たしていることを意味します。

【実生活での例え】📏

  • ISO: 「メートル」や「キログラム」といった、世界共通の度量衡のルール
  • JIS: 日本の計量法。世界共通のルール(ISO)をベースに、「日本ではこのように運用しましょう」と国内向けに定めたもの。

ITサービス運用のベストプラクティス集│ITILの全体像

ITシステムは、一度構築して終わりではありません。日々発生する問い合わせや障害に対応し、ビジネスの変化に合わせてサービスを改善していく「ITサービスマネジメント」が不可欠です。ITIL (Information Technology Infrastructure Library)は、このITサービスマネジメントにおける成功事例(ベストプラクティス)を体系的にまとめたガイドブックです。

ITILの目的

ITILは、ITサービスをビジネスの要求と整合させ、その価値を高めることを目的としています。特定の製品や技術に依存しない汎用的なフレームワークであり、世界中の企業や組織でITサービス運用の「お手本」として参照されています。ITILを導入することで、IT運用の標準化、効率化、品質向上が期待できます。

サービスライフサイクル

ITIL v3では、ITサービスを企画、開発、運用、改善していく一連の流れを、以下の5つの「サービスライフサイクル」として定義しています。

  1. サービスストラテジ(戦略): どのようなITサービスを提供すればビジネスに貢献できるかを計画する段階。
  2. サービスデザイン(設計): 戦略に基づき、具体的なサービス内容やそれを実現するためのインフラを設計する段階。
  3. サービストランジション(移行): 設計されたサービスを、テストを経て本番環境へ安全に導入(リリース)する段階。
  4. サービスオペレーション(運用): 日々のITサービスを安定的に提供し、障害や問い合わせに対応する段階。
  5. 継続的なサービス改善: 提供中のサービスを監視・評価し、改善点を見つけて次の戦略や設計に繋げる段階。

主要なプロセス

特に「サービスオペレーション」の段階には、ネットワーク運用と関わりの深い、以下のような重要なプロセスが含まれます。

  • インシデント管理: 「ネットワークが遅い」「サーバーに繋がらない」といったサービスの中断や品質低下(インシデント)が発生した際に、可能な限り迅速にサービスを復旧させることを最優先の目的とするプロセス。
  • 問題管理: インシデントの根本原因を特定し、恒久的な解決策を見つけて再発を防止することを目的とするプロセス。インシデント管理が「応急処置」なら、こちらは「原因治療」にあたります。

【実生活での例え】🏥

ITILは「総合病院の運営マニュアル」に似ています。

  • サービスライフサイクル: 「新設科目の企画(戦略)」→「手術室や病棟の設計(設計)」→「最新医療機器の導入(移行)」→「日々の診療や救急対応(運用)」→「治療実績の評価と改善(改善)」という病院運営の流れです。
  • インシデント管理: 交通事故の患者に緊急手術を施す救急救命活動。まずは命を救う(サービス復旧)ことが最優先です。
  • 問題管理: なぜその場所で事故が多発するのかを調査し、信号機を設置するなどの再発防止策を講じる活動です。

プロジェクト管理の知識体系│PMBOKの10の知識エリア

ITILが主に「ITサービスの運用」に焦点を当てているのに対し、期限と予算が定められた一回限りの活動、つまり「プロジェクト」を成功に導くための知識を体系的にまとめたものがPMBOK (Project Management Body of Knowledge)です。

PMBOKとは

PMBOKは、特定の業界に限定されない、汎用的なプロジェクトマネジメントの知識体系(フレームワーク)です。米国の非営利団体であるPMI (Project Management Institute) によって策定されており、世界中でプロジェクト管理の標準的なガイドブックとして利用されています。PMBOKは、プロジェクトを成功させるためのプロセスを「5つのプロセス群」「10の知識エリア」という2つの軸で整理しています。

5つのプロセス群

これは、プロジェクトが開始から終結まで、どのような段階を経て進んでいくかを示したものです。

  1. 立上げ: プロジェクトの目的を定義し、正式に開始する。
  2. 計画: 目的を達成するための具体的な作業計画を立てる。
  3. 実行: 計画に沿って、実際の作業を進める。
  4. 監視・コントロール: プロジェクトの進捗を測定・監視し、計画との差異があれば是正措置を講じる。
  5. 終結: プロジェクトを正式に完了させ、成果物や教訓をまとめる。

10の知識エリア

これは、プロジェクトを管理する上で必要となる専門知識を10の分野に分類したものです。ネットワーク構築プロジェクトを例に見てみましょう。

知識エリア 内容(ネットワーク構築プロジェクトの例)
1. 統合管理 プロジェクト全体の整合性を保ち、各要素を調整する(例:全体の進捗管理)
2. スコープ管理 プロジェクトで「やること」と「やらないこと」を明確に定義する(例:対象拠点、導入機器の範囲)
3. スケジュール管理 納期を守るために作業の順序や期間を管理する(例:機器の納期、設定作業の工数見積もり)
4. コスト管理 予算内でプロジェクトを完了させるために費用を管理する(例:機器費用、人件費の見積もり)
5. 品質管理 成果物が要求仕様を満たしていることを保証する(例:ネットワークの性能テスト、セキュリティ要件の確認)
6. 人的資源管理 プロジェクトチームのメンバーを確保し、育成する(例:ネットワークエンジニアのスキル評価と配置)
7. コミュニケーション管理 関係者間で情報を円滑に共有する(例:定例会議の開催、進捗報告書の作成)
8. リスク管理 プロジェクトに影響を与える不確実な事象を特定し、対策を講じる(例:機器の納期遅延、仕様変更)
9. 調達管理 外部から必要な資材やサービスを購入する(例:ハードウェアベンダーや回線事業者の選定)
10. ステークホルダー管理 プロジェクトに関わるすべての人々(顧客、上司、チーム員など)との関係を良好に保つ

【実生活での例え】🗺️

PMBOKは「壮大な旅行の計画術」の教科書です。

  • 5つのプロセス群: 「旅行を決定(立上げ)」→「行き先や予算、日程を決める(計画)」→「実際に旅行する(実行)」→「計画通りに進んでいるか確認(監視)」→「帰宅して思い出を整理(終結)」という流れです。
  • 10の知識エリア: 「どこまで観光するか(スコープ)」「何泊するか(スケジュール)」「予算はいくらか(コスト)」「ホテルの質は(品質)」といった、旅行を成功させるために考えるべき様々な要素です。

ソフトウェア開発の共通言語│共通フレーム(SLCP-JCF)

システム開発のプロジェクトでは、発注者(ユーザー企業)と受注者(ITベンダー)の間で、作業範囲や成果物に対する認識が食い違い、トラブルに発展することが少なくありません。共通フレーム (SLCP-JCF)は、こうした問題をなくすために、ソフトウェアの企画、開発、運用、保守に至る全工程の作業内容を包括的に定義した「共通のものさし」です。

共通フレームの役割

共通フレームは、国際規格であるISO/IEC/IEEE 12207(ソフトウェアライフサイクルプロセス)をベースに、日本のIT業界の実情に合わせて作られました。その主な目的は、システム開発に関わるすべての関係者(経営者、利用者、開発者など)が、同じ言葉でコミュニケーションできるようにすることです。

例えば、「要件定義」という言葉一つとっても、どこまで具体的に決めるべきか、誰が責任を持つのかといった認識が、発注者と受注者で異なっていることがよくあります。共通フレームは、そうした各プロセスで「何を」「誰が」「いつまでに」行うべきかを具体的に定義しています。これにより、契約内容が明確になり、プロジェクトのリスクを低減できます。

プロセス定義の例

共通フレームは、プロジェクトのライフサイクルを以下のような多数のプロセスに分けて定義しています。

  • 企画プロセス: システム化の構想を練り、投資対効果を評価する。
  • 要件定義プロセス: システムで実現したい機能や性能を明確にする。
  • 開発プロセス: システムを実際に設計し、プログラミングし、テストする。
  • 運用プロセス: 完成したシステムを日々動かし、ユーザーをサポートする。
  • 保守プロセス: 障害の修正や仕様変更に対応する。

ネットワークスペシャリストとしては、特にインフラの要件定義や、運用・保守プロセスにおいて、共通フレームで定義された用語や作業内容を理解しておくことが、他分野の担当者との円滑な連携に繋がります。

【実生活での例え】📖

共通フレームは「家づくりのための総合的な手順書」です。

  • 家を建てるには「土地探し(企画)」「施主の要望ヒアリング(要件定義)」「設計図作成と建築(開発)」「実際に住んでからの管理(運用)」「不具合の修繕(保守)」といった多くの工程があります。
  • この手順書があれば、「基礎工事」とはどこまでの作業を指すのか、「内装工事」の責任者は誰なのかといったことが施主と建築会社の間で明確になり、「こんなはずじゃなかった」というトラブルを防げます。

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