「毎月の数字に追われる日々に疲れた」「この仕事を一生続けるイメージが湧かない」。
仕事は人生の大半を占めるにもかかわらず、SaaS営業という職種特有のプレッシャーにより、「自分はこの仕事に向いていないのではないか」と不安を抱える声は非常に多いです。
特に近年は「The Model」型の分業体制やデータドリブンな管理手法が普及したことで、従来の「売れば官軍」といった営業スタイルが通用しづらくなっています。成果は出ているのに評価されない、あるいは行動量だけの管理に疲弊してしまう――。そうした悩みは、個人の能力不足ではなく、業界の構造的な要因によるケースが少なくありません。
本稿では、多くのSaaS営業パーソンが抱える「しんどさ」の正体を構造面から整理し、感情的な自己否定に陥らず、納得感あるキャリアを選択するための判断材料を提示します。
SaaS営業に「向いてない」と感じる人が増えている理由
「SaaS営業がつらい」と感じて検索する人の多くは、営業そのものが嫌いなわけではありません。むしろ、顧客との対話や課題解決にはやりがいを感じているにもかかわらず、それ以外の「組織的な要求」とのギャップに苦しんでいる傾向が見られます。ここでは、SaaS業界特有の構造が生むストレス要因を解説します。
SaaS営業は「営業力」より「管理力」が求められる仕事
SaaS企業の営業現場において、最も多くの時間を奪うのは商談そのものではなく、「商談に付随する管理業務」であることは珍しくありません。
多くの組織で導入されているSalesforceやHubSpotなどのSFA(営業支援システム)/CRM(顧客管理システム)への入力業務は、絶対的な義務とされます。「活動ログを残さなければ、その仕事は存在しなかったのと同じ」とみなされる文化も一般的です。
実際、ある調査データでは、営業担当者が本来の顧客対応(商談やメール等)に割いている時間は業務全体の約35%に過ぎないという結果も出ています。残りの時間は社内会議や事務作業、システム入力に費やされているのが実情です。
そのため、本来は顧客に向き合うべき時間の多くが、社内向けの報告や数値入力に消えていく現実に葛藤する人が後を絶ちません。さらにSlackなどのチャットツールによる即レス文化や、他部門(インサイドセールスやカスタマーサクセス)への細かい引き継ぎドキュメント作成など、求められるのは「対人折衝能力」以上に「緻密な事務処理能力」や「タスク管理能力」であるという側面があります。
成果より「再現性・報告」を重視する評価制度の罠
「数字は達成しているのに、なぜか評価が低い」。このような不満もSaaS営業特有の現象です。
SaaSビジネスは、サブスクリプション(継続課金)モデルであるため、企業価値算定において「将来の予測可能性」が極めて重要視されます。そのため、現場の営業担当者にも、単発の売上だけでなく「なぜ売れたのか」「来月も同じように売れる根拠は何か」という『再現性』の言語化が強く求められます。
直感やセンスで大型契約を取ってくるタイプの営業パーソンは、この「ロジカルな言語化」や「プロセス管理」を苦手とすることが多く、結果として組織内での評価と自身の営業プライドの間にズレが生じやすくなります。「売ること」よりも「売れるプロセスを証明すること」にエネルギーを割かなければならない環境が、現場志向の強い人材にとって大きなストレス要因となっています。
個人の問題に見せかけて、実は構造的に詰みやすい
SaaS、特にスタートアップや急成長フェーズの企業では、プロダクト自体が未完成であることも日常茶飯事です。「機能が足りない」「競合にスペックで負けている」という状況を、営業個人の「提案力」や「気合い」でカバーすることを暗黙のうちに求められるケースも散見されます。
しかし、物理的に機能がないものを提案力だけで売り続けるには限界があります。精神論で「なんとかしろ」と詰められるものの、実際にはプロダクトと市場のミスマッチ(PMF未達成)が原因であることも少なくありません。このように、構造的に「個人の努力ではどうにもならない壁」にぶつかりやすいのも、この職種で無力感を感じやすい大きな理由です。
IT・SaaS営業で消耗しやすい人の共通点
業界の構造に加え、個人の性格や特性と、SaaS営業の働き方がミスマッチを起こしているケースもあります。ここでは、一般的には「優秀」「真面目」とされる人ほど陥りやすい、消耗のパターンを整理します。
マルチタスク前提の働き方が合わない
インサイドセールス(IS)であれば「架電・ログ入力・メール・日程調整」、フィールドセールス(FS)であれば「商談・提案書作成・デモ環境構築・社内調整・契約事務」など、SaaS営業の業務は細分化されており、これらを短時間で高速に切り替えることが求められます。
5分おきにSlackの通知が鳴り、Zoom商談の合間にメールを返し、夕方にはSFAに入力する――。こうした「脳のスイッチ切り替え」が頻繁に発生する環境は、一つのことに深く集中して取り組みたい職人気質の人や、注意力が散漫になりやすい特性を持つ人にとっては、著しい脳疲労の原因となります。
「詰められる文化」に過敏に反応してしまう
SaaS企業はKPI(重要業績評価指標)による管理が徹底されています。週次、日次、場合によっては時間単位で「商談数」「有効商談化率」「受注率」などの数字がモニタリングされます。
定例会議で「なぜ未達なのか?」「次のアクションは?」とロジカルに問いただされる(いわゆる「詰め」)場面において、これを「ビジネス上の課題解決の議論」と割り切れる人は問題ありません。
しかし、感受性が豊かで他者の感情に敏感な人は、数字の追及を「人格否定」や「能力の否定」として受け取ってしまいがちです。心理的安全性が低い状態でKPIを詰められ続けると、自己肯定感が急速に削り取られていきます。
実は「真面目で責任感が強い人」ほど潰れやすい
最も注意が必要なのは、責任感が強く、他責にしないタイプの人です。
前述のように、SaaS営業の難易度は「プロダクトの成熟度」や「割り当てられたテリトリー(担当顧客群)」といった外部要因に大きく左右されます。しかし、真面目な人は成果が出ない原因をすべて「自分の努力不足」や「スキル不足」に帰結させてしまいます。
「みんなはやれているのに」「自分がもっと頑張れば」と、構造的な無理を個人のリソースで補おうとして長時間労働に突入し、最終的にバーンアウト(燃え尽き)してしまう事例は、SaaS業界において後を絶ちません。
「向いてない=転職すべき」ではない
「今の仕事がしんどい」と感じた時、多くの人は反射的に「異業界への転職」を考えがちです。しかし、一時的な感情で「SaaS業界そのもの」を捨ててしまうのは、キャリア戦略において機会損失になる可能性があります。
まずは自身の悩みがどこに起因しているのか、冷静に分解して考えることが重要です。
環境を変える前に切り分けるべき3つの軸
「向いていない」と感じる要因は、大きく以下の3つに分類できます。
- 業界(SaaSモデル)との相性
変化が激しく、常に新しい知識の習得が求められる点や、サブスクリプション特有の顧客対応が苦痛な場合。これは業界を変える必要があるかもしれません。 - 職種(営業)との相性
数字を追うこと自体や、対人折衝そのものがストレスである場合。この場合は、マーケティングやカスタマーサクセスなど、職種転換(キャリアチェンジ)が選択肢に入ります。 - 会社(組織風土・商材)との相性
実はこれが最も多いケースです。「SaaS営業は嫌いではないが、今の会社の『詰め文化』や『売れない商材』が辛い」というパターンです。この場合、業界や職種を変えずとも、職場を変えるだけで劇的にパフォーマンスが改善することがあります。
同じSaaSでも“天国と地獄”がある
一口にSaaS営業と言っても、取り扱う商材やターゲットによって業務内容は天と地ほど異なります。
- SMB(中小企業)向け vs Enterprise(大手企業)向け
SMB向けは「行動量とスピード」が重視され、短期間で多くの商談をこなす体力が求められます。一方、Enterprise向けは「戦略と関係構築」が重視され、半年〜1年かけてじっくり組織攻略を行う知的な持久戦となります。前者が辛くても、後者なら輝ける人は少なくありません。 - The Modelの役割分担(IS / FS / CS)
電話でアポイントを取るインサイドセールス(IS)が苦手でも、既存顧客に伴走して課題解決を行うカスタマーサクセス(CS)では高い評価を得るケースも多々あります。 - プロダクトの成熟度(PMF前後)
「何もしなくても売れる人気商品」を扱うのと、「まだ無名の新サービス」を売るのとでは、求められるスキルセットが全く異なります。
現在の苦しさが「SaaS営業全般」に対するものなのか、それとも「特定の環境」によるものなのかを見極めることが、後悔のない選択への第一歩です。
それでも不安が消えないなら、考え方を一段深くする
ここまで整理しても「やはり今のままでは不安だ」「将来が見えない」という思いが消えない場合、それは「自分の市場価値」が見えていないことに起因しているかもしれません。最後に、キャリアに対する不安を解消するための考え方を提示します。
キャリアの不安は「情報不足」から来る
人は「わからないもの」に対して恐怖を感じます。「今の会社を辞めたら、給料が下がるのではないか」「どこにも雇ってもらえないのではないか」という不安は、自分の客観的な市場価値や、世の中にどのような選択肢があるかという情報が不足している状態から生まれます。
裏を返せば、情報を得ることで不安は「課題」へと変わり、対策が打てるようになります。例えば、「今のスキルセットなら、A業界のB職種で年収〇〇万円が相場」という事実を知るだけでも、漠然とした恐怖は薄れていくものです。
転職は「逃げ」じゃなく「選択肢の把握」
「転職活動」と「転職」は別のものです。
実際に会社を辞める決断をする必要はありませんが、水面下で転職活動を行い、自分の選択肢(オファー)を持っておくことは、精神衛生上非常に有効です。「いざとなれば他に行ける場所がある」という確信は、現職での過度なプレッシャーや理不尽な要求に対する心の防波堤になります。
これは「逃げ」ではなく、ビジネスパーソンとしての「リスクヘッジ」であり、健全なキャリア自律の姿です。外部の視点を取り入れることで、今の会社の良さに気づき、現職で頑張り直す決意ができるケースも少なくありません。
次に読むべき記事の案内
本稿では、SaaS営業のしんどさの正体について解説しました。
もしあなたが、「自分の適性をより具体的に見極めたい」「現職に留まるべきか、外の世界を見るべきか判断基準が欲しい」と感じているなら、次の記事でより実践的な思考整理を行ってみてください。感情論ではなく、ロジカルに次のキャリアステップを判断するためのフレームワークを紹介しています。
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