「今の現場のまま働き続けて、本当に将来は大丈夫なのだろうか」
SES(システムエンジニアリングサービス)という働き方において、こうした漠然とした不安を抱えるエンジニアは少なくありません。特に30代に差し掛かると、自身のスキルセットや年収が市場相場と見合っているかどうかがシビアに問われるようになります。「5年後の自分が想像できない」という悩みは、単なる心理的な問題ではなく、SESという業界構造に起因する課題であるケースが大半です。
本稿では、多くのSESエンジニアが直面する「このまま続けた場合の現実」を整理し、漠然とした不安の正体を構造的な視点から解説します。
目次
SESこのままだとどうなる?5年後に直面しやすい3つの現実
SES契約で長期間働き続けた場合、どのようなキャリアの壁に直面するのでしょうか。ここでは、構造上の特性から起こりうる「5年後の現実」として、特に多くのエンジニアが悩みやすい3つの事象を解説します。
特定のスキルしか身につかず市場価値が停滞する
客先常駐というスタイルでは、配属される案件によって習得できるスキルが完全に固定されてしまいます。特に長期案件の場合、特定のシステムや古い技術(レガシーシステム)の保守・運用に5年以上従事するケースも珍しくありません。
IT業界の技術革新スピードは速く、クラウドネイティブな開発やAI活用などの需要が高まる一方で、オンプレミスのレガシー環境における経験のみが蓄積されることはリスクとなり得ます。結果として「社内ではベテランだが、転職市場に出ると評価されない」という状態に陥る可能性があります。
特定のドメイン知識は深まりますが、技術の汎用性が失われる点には注意が必要です。同じ現場に3年以上滞在している場合は、自身のスキルが市場のトレンドと乖離していないかを確認することが重要です。
年収が頭打ちになる構造的な限界
SESエンジニアの年収は、クライアント企業が支払う「月額単価」に大きく依存します。一般的に、エンジニアの年齢が上がるにつれて期待される単価も上昇しますが、プログラマーやテスターといった役割のままでは、単価の上限(相場)が決まっています。
30代後半から40代になっても、要件定義や設計といった上流工程、あるいはマネジメント業務へのシフトができていない場合、単価が上がらず、結果として給与も頭打ちになる傾向があります。会社の給与テーブルにもよりますが、構造上、現場作業者のまま大幅な年収アップを狙うのは困難であるのが実情です。
単価の壁を超えるには、役割の変化が不可欠であることを認識しておく必要があります。
マネジメント経験が積めずキャリアの選択肢が狭まる
多くの企業が30代中盤以降の採用で重視するのは「プロジェクトマネジメント(PM)経験」や「チームリーダー経験」です。しかし、SES契約(準委任契約)の性質上、指揮命令権は顧客側にあり、重要なプロジェクト管理や予算管理のポジションは、プロパー社員(顧客企業の正社員)や一次請けSIerの社員が担うことが一般的です。
そのため、どれだけ現場で信頼されていても、職務経歴書に書ける実績が「メンバーとしての作業実績」に留まりがちです。これにより、マネジメント職へのキャリアパスが閉ざされ、エンジニアとしてのキャリアの選択肢が狭まるリスクがあります。
リーダー経験を積みたい場合は、自社からのチーム参画案件などを意図的に選ぶ必要があります。
「将来が不安」と感じるSESエンジニアに共通する特徴
「このままでいいのか」という不安は、置かれている環境や行動パターンによって増幅されます。ここでは、将来に対するリスクが高まりやすいSESエンジニアに共通する特徴を整理します。
長期間同じ客先常駐で環境が固定化されている
一つの現場に長く留まることは、業務知識が定着し、精神的にも楽になるというメリットがあります。しかし、変化の少ない環境は「スキルの塩漬け」を招く典型的な要因です。
「今の現場は人間関係も良く、残業も少ないから」という理由だけで長期間滞在し続けると、新しい技術に触れる機会を失います。また、顧客特有のローカルルールや独自ツールに過剰に適応してしまい、他社で通用するビジネススキルが磨かれないまま年齢を重ねてしまうケースが散見されます。
居心地の良さとキャリアの成長性は必ずしも比例しない点に留意すべきです。
評価基準が曖昧で成果が見えにくい
SESという業態では、自社(所属企業)の上司と現場が異なるため、日々の働きぶりや成果が正当に評価されにくいという課題があります。「現場の評価は高いのに、自社の給与査定には反映されない」という不満は、将来への不透明感を強める要因の一つです。
特に、定期的な帰社日や面談が形骸化している場合、自身のキャリアプランと会社の評価軸が乖離している可能性があります。自分の市場価値を客観的に測る指標を持たないまま働いている状態は、将来設計において不安定な要素となります。
会社側からのフィードバックが抽象的である場合、自ら実績を可視化してアピールする姿勢が求められます。
業務外での自己研鑽や情報収集が不足している
「現場の業務さえこなしていればスキルは伸びる」という考え方は、変化の激しいIT業界においてはリスクとなります。特にSESの場合、現場の技術レベルが必ずしも最先端とは限りません。
将来に不安を感じつつも、具体的な行動(資格取得、技術書の読書、副業、勉強会への参加など)を起こしていない場合、市場価値の停滞は避けられません。不安を感じやすい人の多くは、社外のエンジニアとの交流や情報収集が不足しており、自分の立ち位置を正確に把握できていない傾向があります。
日々の業務に加え、プラスアルファのインプットを継続できているかどうかが、5年後のキャリアを分ける分水嶺となります。
30代SESの年収が伸びにくい構造的理由
「現場では評価されているのに、給料が一向に上がらない」。この悩みは個人の能力不足ではなく、SES業界特有のビジネスモデルに起因しているケースが大半です。ここでは、なぜ30代以降の昇給が鈍化しやすいのか、その構造的な背景を3つの視点で解説します。
単価連動型モデルによる昇給の上限
SESの売上は「エンジニアの稼働時間 × 月額単価」で決まります。この月額単価は、エンジニア個人のスキルだけでなく、業界の相場(人月単価)によってある程度の上限が決まっています。
例えば、プログラミングや詳細設計レベルの業務であれば、どれだけ熟練しても相場の上限(例:60〜80万円程度など ※スキル・地域による)が存在します。会社の利益と販管費を除くと、エンジニアに還元できる給与には物理的な天井が生まれます。
30代になり生活コストが上がっても、担当する工程や役割が20代の頃と同じであれば、会社側は原資を増やせません。これが「ベテランになっても給料が上がらない」最大の要因です。
商流の深さによるマージン(中抜き)の影響
IT業界には、元請けから2次請け、3次請けへと業務が再委託される「多重下請け構造」が存在します。商流が深くなる(下層に行く)ほど、中間の企業によるマージン(管理費や利益)が差し引かれるため、現場エンジニアに還元される単価は目減りします。
3次請けや4次請けの案件が中心の企業に所属している場合、元請けが支払っている金額の半分以下しか自社に入ってこないというケースも珍しくありません。この構造の中にいる限り、個人の努力で技術力を上げても、それが直接的な年収アップに結びつきにくいという厳しい現実があります。
自社内でのマネジメントポストの不足
一般的な事業会社であれば、年齢とともに課長や部長といった管理職へ昇進し、手当によって年収が上がります。しかし、SES企業は「エンジニアを顧客企業へ常駐させること」が主事業であるため、自社内の管理職ポストが極端に少ない傾向があります。
多くのエンジニアは「現場のリーダー」にはなれても、「自社の課長」にはなれません。結果として、40代、50代となっても現場作業者の給与テーブルから抜け出せず、定期昇給もストップしてしまう事態が起こります。これは組織構造上、避けられない課題の一つです。
「スキルがつかない」と感じる背景と市場とのズレ
将来への不安を加速させるもう一つの要因が「スキル不足」の実感です。しかし、この感覚は「本当にスキルがない」場合と、「市場価値の定義を誤解している」場合の2通りがあります。現状を正しく把握するための視点を整理します。
テスターや保守運用など下流工程中心の案件配置
いわゆる「案件ガチャ」と呼ばれる問題です。本人の希望やキャリアプランに関わらず、会社の都合でテスターや運用監視、データ入力に近い業務などの案件にアサインされ続けるケースです。
これらはシステムの安定稼働には不可欠な業務ですが、何年も同じ作業を繰り返しているだけでは、開発スキルや設計能力は身につきません。特に「未経験からIT業界へ」という謳い文句で入社した場合、こうした下流工程の案件から抜け出せず、30代になっても職務経歴書に「開発経験なし」と書かざるを得ない状況に陥るリスクがあります。
裁量が小さくビジネス視点が育ちにくい環境
客先常駐では、あらかじめ決められた仕様書通りに動くことが求められる場面が多くあります。「なぜこの機能を作るのか」「ユーザーの課題は何か」といったビジネスの上流に関わる機会が遮断されがちです。
言われたものを作るだけの姿勢が定着してしまうと、AIやローコードツールが普及する今後の市場において、エンジニアとしての付加価値を出しにくくなります。技術力そのものよりも、「課題解決能力」や「提案力」が育ちにくい環境こそが、長期的なキャリアリスクと言えます。
実は汎用的なスキルが身についている可能性の検証
一方で、「自分にはスキルがない」と悲観しすぎているケースも散見されます。特定の言語スキルは古くなっているかもしれませんが、長年の常駐経験で培った以下のような能力は、市場で高く評価される可能性があります。
- ドキュメント作成能力: 複雑な仕様を誰にでもわかるように落とし込む力
- 環境適応能力: 異なる現場のルールや人間関係に即座に適応する力
- 折衝・調整能力: 顧客や他ベンダーとの間に立ち、プロジェクトを円滑に進める力
これらは「ポータブルスキル」と呼ばれ、業種を問わず重宝されます。技術スタック(言語やツール)への不安だけで自身の価値を過小評価せず、ビジネスマンとしての基礎能力を棚卸ししてみる視点も重要です。
SESを続けるべきか見切るべきか?判断の分かれ道
現状に不安がある場合、転職すべきか、今の会社で粘るべきか。その判断は「環境が改善する見込みがあるか」にかかっています。感情的な判断ではなく、客観的な指標で現状を見極めるための基準を提示します。
現職のままキャリアアップが狙えるケース
以下の条件に当てはまる場合は、安易に転職せず、現職でのキャリアアップを模索する余地があります。
- 商流を上げる営業努力がある: 会社としてエンド直請けや元請け案件の獲得に動いている。
- 希望案件へのアサイン実績がある: 「開発がしたい」「Go言語をやりたい」等の要望に対し、実際に案件を変更してくれた事例がある。
- 評価制度が明確: 単価の開示や、スキルアップに伴う給与テーブルが明文化されている。
こうした環境であれば、会社と交渉することで不安を解消できる可能性があります。
すぐに行動を起こすべき危険なサイン
一方で、以下のような状況であれば、時間の経過とともに市場価値が下がるリスクが高いため、早急な行動が推奨されます。
- 3年以上給与が据え置き: 単価が上がっているはずなのに還元されない、または評価面談自体がない。
- 40代以上のロールモデルが不在: 社員の大半が20代で、定着率が極端に低い。
- 営業担当と連絡がつかない: キャリアの相談をしたくても放置される、あるいは「今の現場以外ない」と一蹴される。
これらは構造的な改善が見込めないサインであり、個人の努力で状況を変えるのは困難です。
5年後のために今から始めるべき具体的なアクション
「転職する・しない」に関わらず、将来の選択肢を広げるために今すぐ着手できることがあります。
- 職務経歴書の更新: 自分の経歴を文字に起こし、客観的に「何ができる人なのか」を可視化する。半年に一度は更新する癖をつける。
- 市場価値の確認: 転職エージェントやスカウトサイトに登録し、どのようなオファーが来るかを確認する。実際の面接を受けなくとも、自分の相場観を知るだけで視座が変わる。
- 社外との接点を持つ: 勉強会やSNSを通じて、他社のエンジニアがどのような働き方をしているか情報を得る。
漠然とした不安を解消する唯一の方法は、情報を得て「いつでも動ける状態」を作っておくことです。小さな一歩が、5年後の自分を守ることにつながります。
出典・参考情報
- 厚生労働省: 職業情報提供サイト(日本版O-NET)job tag|システムエンジニア(基盤システム) (確認日:2026/02/11)
- 独立行政法人 情報処理推進機構(IPA): DX白書2023(IT人材の学び直しと流動性に関する調査) (確認日:2026/02/11)
- 経済産業省: IT人材需給に関する調査報告書 (確認日:2026/02/11)