「若手ならではの新しい感性で、SNSの企画を考えてほしい」
そう言って仕事を任せたはずなのに、いつの間にか若手が受け身になっている。会議でも意見を出さず、言われたことだけを淡々とこなす「指示待ち人間」になってしまった……。
毎日往復3時間の通勤電車に揺られながら、中間管理職的な立ち位置で現場と上層部の板挟みになっている私(ハル)も、かつてはこの状況に頭を抱えていました。
「最近の若手はやる気がない」「責任感がない」と嘆く課長。
「どうせ言ってもムダ」と冷めた目をする若手。
最初は「世代間の価値観の違い」や「上司のマネジメント不足」が原因だと思っていました。でも、何度も同じようなギスギスした現場を見てきた中で、ひとつの残酷な真実に気づいたんです。
若手が受け身になるのは、やる気や能力の問題ではありません。
「数字の責任」「裁量」「決定権」が完全にズレているという、組織の構造的なバグが原因だったのです。
この記事では、会社全体の制度や評価基準を変えられない現場のリーダーや中堅社員に向けて、若手と上司の誰も悪者にせず、明日から小さく始められる「現実的な改善策」を本音ベースでお伝えします。
若手の感性を求めているのに、最終判断はいつも上司になる
「若手の意見を取り入れよう」という号令のもと、意気揚々とプロジェクトが始まる。しかし、いざ蓋を開けてみると、最終的なGoサインを出すのはいつも数字責任を負う上司。
この構造こそが、悲劇の始まりです。
SNS企画で若手を入れるだけでは意味がない
「TikTokやInstagramは若い世代のほうが詳しいから、企画は彼らに任せよう」
どこの会社でもよく聞くフレーズです。しかし、会議室ではこんな会話が繰り広げられていないでしょうか。
若手:「今回のキャンペーン、流行りのこの音源を使って、少し自虐的なネタを入れるとバズると思います!」
課長:「うーん……面白いとは思うんだけど、ウチのブランドイメージ的にどうかな。クレームが来ても困るし、もう少し商品のメリットをストレートに伝える無難なトーンに修正してよ」
若手:「……わかりました(それだと絶対見られないんだけどな)」
若手の感性を求めておきながら、企業としての「安全策」というフィルターを通す。結果的に出来上がるのは、若手のアイデアの原型を留めていない、角の取れたつまらない企画という現実。
これでは、若手をアサインした意味が全くありません。
KPI未達になるほど上司の介入は強くなる
「上司が口を出しすぎるのが悪い」と批判するのは簡単です。しかし、課長の立場になれば、彼らが介入せざるを得ない切実な事情が見えてきます。
毎月のSNS経由の売上やフォロワー増加数。これらのKPIが未達になったとき、部長会議で吊るし上げられ、責任を問われるのは若手ではなく課長です。
数字が悪化すればするほど、「自分の首がかかっている」という焦りから、課長は「自分が納得できる安全で確実な(と思っている)企画」しか承認できなくなります。
上司の介入は、単なる過干渉ではなく「未達時の説明責任を果たすための防衛本能」という合理的な理由があるのです。
若手の案を聞いても、実際には採用していない
この状態が続くと、現場には「見せかけの意見聴取」が蔓延します。
企画会議で若手に意見を求めるものの、最終的には「数字の責任」を盾にした上司の意向ですべてがひっくり返る。
「君の意見もわかるけど、今回はこれでいこう」
言葉を濁しながらも実質的に若手の案を却下し続ける。この小さな「不採用」の積み重ねが、若手から仕事の手応えや企画への所有感を、少しずつ、しかし確実に奪い去っていくのです。
「若手に主体性がない」と感じるまでに起きていること
「最近の若手は主体性がない」
飲み屋でよく聞く愚痴ですが、彼らは本当に最初からそうだったのでしょうか。
最初から受け身だったとは限らない
思い出してみてください。彼らが入社してきたばかりの頃、あるいは初めてそのプロジェクトに配属されたときのことを。
少なからず「こんなことをやってみたいです!」という熱量や、拙いながらも自分なりのアイデアを持っていたはずです。
最初から受け身の人間なんて、そうそういません。
「提案しても、どうせ最後は上司の好みに書き換えられる」という学習性無力感を植え付けたのは、他ならぬ組織の構造そのものだったりするのです。
確認すると指示待ち、進めると勝手と言われる
若手にとって最も苦しいのが、このダブルバインド(二重拘束)の状態です。
過去の経験から「勝手に進めて後でひっくり返されるのはしんどい」と学び、細かく確認を取るようにする。すると今度は「いちいち聞かないで自分で考えてよ。指示待ちじゃ困るよ」と呆れられる。
かといって、自分なりに考えて進めると「なんで相談しなかったの? これじゃダメだよ」と梯子を外される。
アクセルとブレーキを同時に踏まれるようなマネジメントのもとでは、誰だって動けなくなります。
上司の言いなりになるのは無責任だからではない
「言われたことしかやらない」という若手の態度は、決して無責任だからではありません。彼らなりの「適応戦略」です。
一生懸命考えて企画を作っても、結局ゼロベースで修正されるなら、最初からカロリーをかけずに60点のものを出して、上司の指示通りに直したほうが圧倒的にコスパが良い。
これは組織の力学に対して、若手が非常に理にかなった行動をとっているだけなのです。
彼らは責任を放棄したのではなく、責任と裁量が与えられない環境において「無駄に傷つかないための最適解」を選ばされているに過ぎません。
上司も「任せたいのに任せられない」という矛盾を抱えている
ここまで若手側の視点に立ってきましたが、じゃあ上司(課長)が悪者なのかというと、決してそうではありません。
私自身、中間管理職という「上からも下からもつつかれる」ポジションになってみて、痛いほど課長の気持ちがわかるようになりました。上司だって、本当は口を出したくて出しているわけじゃないんです。
数字責任を持つ人が判断権を手放すのは難しい
ぶっちゃけ、自分の評価やボーナス、さらには部署の存続すらかかっている数字目標(KPI)を、若手の「おもしろそうだから」というノリに全振りできるでしょうか。
「失敗してもいいから、君の好きにやってみなよ」なんて、ドラマの中の理想の上司なら言えるかもしれませんが、現実の厳しいビジネスの世界では無理な相談です。
部長会議で「なぜ今月のSNS経由の売上が落ちているんだ?」と詰められるのは課長。そのプレッシャーを一身に背負っている状態では、どうしても「自分が納得できる確実な判断」を手放すことができません。
若手に最終責任を渡せば解決するわけではない
「だったら、若手に結果責任も含めて全部任せればいいじゃないか」
一見正論に聞こえますが、これも現場を知らない人の暴論です。予算を引っ張ってくる権限も、チームの人員配置を決める権限もない若手に対して、「数字の責任だけ」を負わせる。それは「任せる」のではなく、ただの「丸投げ」であり、ともすればパワハラにもなりかねません。
結果を出せと言いながら、そのための武器(権限やリソース)は与えない。これでは若手は潰れてしまいます。
上司の介入にも合理性があるから問題は複雑になる
課長が若手の企画に赤ペンを入れるのは、決して若手のアイデアを潰してやろうと意地悪をしているわけではありません。
「この表現だと、特定の層からクレームが来るかもしれない」
「トレンドを取り入れるのはいいが、ウチの商品の本来の強みが伝わっていない」
このように、長年の経験に基づいたリスクヘッジや、ブランドを守るための「合理的な理由」があって介入しています。
若手の「新しいことに挑戦したい」という気持ちも正しいし、上司の「数字とブランドを守らなければならない」という判断も正しい。
両者がそれぞれ「正しいこと」をやろうとしているのに衝突してしまう。だからこそ、誰か一人の意識を変えれば済むような単純な話ではなく、厄介な構造問題なのです。
若手の主体性を奪う悪循環
この「責任は上司、アイデア出しは若手」という構造的なズレを放置すると、職場はどうなってしまうのか。私がこれまでの会社員人生で何度も目撃してきた、最悪のデススパイラルを紹介します。
数字が悪くなると介入が増える
最初は「今回は若手の感性に任せよう」と鷹揚に構えていた上司も、いざ運用が始まり、月末が近づいてKPIの未達が見えてくると態度が一変します。
「やっぱり、俺が細かくチェックするよ」
数字へのプレッシャーから、企画の方向性だけでなく、画像のちょっとしたデザインやテキストのてにをはまで、突然細かいマイクロマネジメントが始まります。防衛本能からの行動とはいえ、これがすべての歯車を狂わせる第一歩。
介入が増えると企画の所有感が失われる
細かい修正指示が連発されると、若手はどう感じるか。
せっかく若手が「今のトレンドなら絶対これ!」と熱量を持って考えた企画も、上司の安心フィルターを何度も通るうちに、すっかり角の取れた「どこかで見たことのある無難な企画」に成り下がります。
この瞬間、若手の中で「あ、これはもう自分の企画じゃないな。課長がやりたいことを形にするための、ただの作業代行だな」という諦めが生まれます。
仕事に対する「所有感(オーナーシップ)」が完全に失われてしまうのです。
受け身になった若手を見て、さらに介入が増える
所有感を失った若手は、もう自分からリスクを取って尖ったアイデアを出すことはありません。
「どうせ後から全部直されるなら、最初から課長が喜びそうな、当たり障りのない案を出しておこう」
そうやって、カロリーをかけずに60点の企画だけを提案するようになります。
しかし、その受け身になった若手の姿を見た上司は、さらに不満を募らせます。
「なんだ、結局あいつらには任せられないじゃないか。主体性がないな。やっぱり俺がしっかり指示を出さないとダメだ」
こうして、若手はますます指示待ちになり、上司はますます介入を強める。
お互いに不信感を抱えながら、誰も幸せにならない悪循環が延々と繰り返されていくのです。
問題は若手のやる気ではなく、責任と裁量の不一致にある
「なんでうちの若手は、もっと主体的に動いてくれないんだ……」
ため息をつきたくなる気持ち、痛いほどわかります。でも、ここまでの悪循環を見てきたなら、もうお気づきですよね。
若手が受け身になってしまうのは、彼らの「やる気」や「能力」「世代の価値観」のせいではありません。
根っこにあるのは、「責任」と「裁量(決定権)」が完全に一致していないという、組織構造のバグなのです。
主体性を求めるなら、判断できる範囲が必要
主体性というのは、「好き勝手にやっていいよ」という放牧状態からは生まれません。逆に「自分の判断がどこまで通用するのか」という境界線が明確でなければ、怖くて動けないのが人間というものです。
「ここからここまでの範囲なら、君が最終決定を下していい。失敗しても俺がカバーする」
この明確な「裁量の提示」があって初めて、人は自分の頭で考え始めます。
現状は、若手に「アイデアを出す責任」だけを負わせ、「それを採用するかどうか決める裁量」は上司が握りしめている状態。これでは、どんなに優秀な若手でも主体性を発揮するのは不可能です。
会社全体のKPIと担当者の責任を分ける
「でも、裁量を渡すと言っても、売上目標は絶対だし……」
そう、ここが一番のネック。だからこそ、「会社全体(あるいは部署)が追うべき結果責任」と、「若手担当者が追うべき実行責任」を切り離してあげる必要があります。
たとえば、SNS経由の月間売上100万円という最終KGIは、予算権限を持つ課長が負うべき責任です。
一方、若手には「この新しい企画で、エンゲージメント率を前月比で○%上げる」という、彼らの権限と工夫の範囲内でコントロール可能な指標(サブKPI)を責任として渡す。
上司の重すぎる責任をそのまま若手に背負わせようとするから、お互いに身動きが取れなくなるのです。
「任せる」と「丸投げ」は違う
ここで絶対に履き違えてはいけないのが、「任せる」と「丸投げ」の違いです。
「君の若い感性を信じてるから、全部任せるよ! 結果よろしく!」
一見聞こえはいいですが、これは最悪の丸投げ。裁量を与えているようで、実は上司がリスクとマネジメントから逃げているだけです。
本当の「任せる」とは、あらかじめ使える予算、期間、使ってはいけないNG表現、そして「どうなったら撤退するか」というルールをすり合わせた上で、その枠の中での決定権を完全に委譲すること。
枠組みを作るのは上司の仕事、枠の中で暴れるのが若手の仕事。この切り分けが必須です。
上の制度が変わらなくても、現場で始められる5つの改善策
「構造的な問題なのはわかった。でも、うちの会社の人事制度や評価基準なんて、一介の中間管理職にはどうにもできないよ……」
その通りです。会社のルールを根本から変えようとすれば、何年もかかって私たちが先に疲弊してしまいます。
だからこそ、会社にバレない……と言ったら語弊がありますが、現場の運用レベルで明日からこっそり始められる「小さな実験」を5つ紹介します。
1.投稿や予算の一部を若手主導の検証枠にする
すべてを若手に任せるのはリスクが高すぎます。そこで提案したいのが、「月間の投稿本数や予算の10〜20%だけを、完全に若手の裁量(検証枠)にする」という方法です。
残りの80%は、これまで通り上司がガチガチに数字を取りにいく「安全・確実な企画」で回してOK。
しかし、残りの20%の検証枠については、上司は「ブランドを著しく毀損しないか(法務・コンプラ的なNGはないか)」だけをチェックし、企画の面白さやトンマナには一切口を出さないと決めます。
期間は1〜3カ月程度と区切りましょう。これくらいの小規模な実験なら、万が一滑っても全体の数字へのダメージは最小限に抑えられますし、課長の精神衛生上も耐えられるはずです。
2.企画前に評価指標と中止条件を決める
検証枠をスタートさせる前に、必ず「何を以て成功とするか」と「どうなったら即中止するか(撤退ライン)」を若手と握っておきます。
「最初の3投稿で、インプレッションが平均○以下だったら、この路線はウケてないと判断してすぐ別の企画に切り替える」
このように、事前にドライな数字のルールを決めておくのがコツ。
いざ企画が滑ったときに「ほら言っただろ、やっぱり俺の言う通りに直しておけば……」と感情的なダメ出しをするのを防ぎ、あくまで「検証の結果、このアプローチは違ったね」という客観的な振り返りができるようになります。
3.上司は修正案ではなく懸念点を伝える
若手から上がってきた企画を見て、「ここは赤色にして、このテキストはもっと大きくして」と、具体的な修正指示(答え)を出すのはグッと堪えてください。それをやった瞬間に、また若手は「作業者」に戻ってしまいます。
代わりに、「懸念点」だけを伝えて、解決策は若手に考えさせるのです。
「この表現だと、初めて商品を知る人にはメリットが伝わりづらい『気がする』んだけど、どう思う? なにかいい見せ方あるかな?」
問いを投げて、若手自身に解決の打ち手をひねり出させる。これが「所有感」を育てるマネジメントです。
4.意見が割れたら、小さく両方を試す
会議で「若手の攻めた案」と「上司の安全な案」で真っ向から意見が対立したとき。
これまでは「上司の権限」で安全な案を採用していたと思いますが、これからはA/Bテストの思考を持ち込みましょう。
「どっちが当たるかわからないから、予算を半分ずつにして両方配信してみよう。数字が良かった方に、後から予算を寄せよう」
上司の経験則や若手の直感ではなく、「市場の反応(ユーザー)」に最終決定権を委ねるのです。これにより、社内の無駄な政治的対立や、若手の「どうせ上司の意見が通る」という諦めを物理的に排除できます。
5.未達時は個別表現ではなく、配分を見直す
もし月末になってKPIが未達になりそうなとき。焦る気持ちはわかりますが、ここで若手の「10〜20%の検証枠」に介入して細かいテキスト修正などを指示してはいけません。
見直すべきは個別のクリエイティブではなく、全体の「ポートフォリオ(配分)」です。
「今月は数字が厳しいから、来週から若手の検証枠を20%から10%に減らして、残り90%を安全確実な刈り取り用投稿に寄せてショートフォールを埋めよう」
このように「戦術」ではなく「戦略(リソース配分)」を調整するのが、責任を負う上司の本来の仕事。若手の小さな裁量領域に土足で踏み込むのは我慢です。
部長へ伝えるときは、課長への不満にしない
現場で小さく試す改善策が見えてきたとして、直近で課長の上の「部長」とレビューする機会がある場合。ここで絶対にやってはいけない伝え方があります。
「課長が口を出しすぎる」では個人問題になる
「課長が若手のアイデアに口を出しすぎるせいで、みんな萎縮しています」
現場の不満をそのまま上にぶちまけたくなる気持ち、痛いほどわかります。でも、これを言った瞬間に、部長の中では「単なるコミュニケーション不足」や「現場の人間関係のトラブル」として処理されてしまいます。
結果、「課長ともっと腹を割って話せ」「お前が間に入ってうまくやれ」と的外れな精神論のアドバイスをもらって終了、という悲しいオチに。
誰も悪くない構造として説明する
だからこそ、部長には「個人の問題」ではなく「事業の構造課題」として冷静に伝える必要があります。
「若手の感性を活かすために企画を任せていますが、課長は全体の数字責任を負っているため、どうしてもリスクを取れないジレンマに陥っています。結果として無難な企画に落ち着いてしまい、SNS本来の拡散力を活かしきれていないのが、現在の事業課題です」
誰かを悪者にするのではなく、「役割と責任のミスマッチが起きているせいで、会社として損をしている」という事実だけを共有するのです。
大きな制度改革ではなく、実験の承認を求める
そして、決して「評価制度を変えてください」などと風呂敷を広げないこと。
「そこで、全体の投稿の2割だけ、若手主導で運用する『検証枠』を3ヶ月間だけ設けさせてください。万が一数字が凹んでも、残り8割で必ずカバーします」
これくらいの小規模な提案なら、部長も「まあ、それくらいなら試してみるか」と承認しやすい。上層部から「実験の許可」というお墨付きをもらえれば、課長も大義名分ができて、若手に任せることへの心理的ハードルがぐっと下がります。
若手も上司も、すぐには変わらない
こうして現場の仕組みを整え、部長の承認も得た。しかし、明日から突然すべてがバラ色になるわけではありません。
一度失われた主体性は、任せただけでは戻らない
「よし、検証枠を作ったぞ! 好きにやっていいよ!」
そう言っても、最初は若手も半信半疑です。「本当に後から文句言われないかな?」と、やっぱり上司の顔色をうかがった安全な案を出してくるかもしれません。
一度失われた信頼や主体性は、一朝一夕には戻らない。だからこそ、最初の数回で上司がグッと口出しを我慢し、「本当に自分たちの裁量で進められた」という小さな成功体験を積ませる、泥臭い我慢比べが必要になります。
現場の仕組みを変えても、数字が改善する保証はない
ぶっちゃけた話、若手に裁量を渡して自由に企画を作らせたからといって、いきなりSNSでバズって数字が爆伸びするとは限りません。むしろ、最初は派手に滑る可能性だって十分にあります。
でも、上司の顔色をうかがって作った無難な企画で少しずつジリ貧になるより、自分たちで考えて打席に立ち、結果から学んでPDCAを回すほうが、組織としての未来は圧倒的に明るいはずです。
責める相手を探すより、小さな検証を始める
「やる気がない若手が悪い」
「頭が固い上司が悪い」
そんな犯人探しをしているうちは、絶対にこの地獄から抜け出せません。
問題は人ではなく、構造。だったら、嘆く前にその構造のほうを現場レベルで少しだけハックしてあげればいいのです。
若手社員の主体性を引き出すには、責任と裁量をセットで設計する
若手社員が受け身になる本当の理由。
それは、彼らの能力不足でもなければ、上司のマネジメント不足でもありません。
「結果に対する重すぎる責任」と「現場の決定権(裁量)」が分離しているという、バグった環境のせいでした。
会社全体の大きなルールは変えられなくても、目の前の現場の仕組みなら、私たちの工夫次第でほんの少しだけ変えることができます。
予算の1割、投稿の2割。
まずは誰も傷つかない小さな「検証枠」という名の砂場を用意するところから。
明日の会議で、若手に「ちょっと実験で、この枠だけ完全に任せてみてもいい?」と声をかけてみてください。
その小さな歩み寄りが、停滞したチームが再び動き出す第一歩になるはずです。