仕事は人生の大半の時間を占めるにもかかわらず、「今の会社で本当に成長できるのか」「このまま働き続けて市場価値はあるのか」といった不安を抱える声は後を絶ちません。特に20代後半から30代にかけては、ライフステージの変化も重なり、現職に留まるべきか、外の世界を見るべきかの判断が難しくなるタイミングです。
転職を前提とせずとも、自身のキャリアを客観的に見直すために転職エージェントを活用するビジネスパーソンが増えています。本稿では、「今すぐ転職する気はない」という人がエージェントを利用する合理的な理由と、そこから得られるメリットについて整理します。
目次
転職する気がなくても「転職エージェントを使う人」が増えている理由
かつて転職エージェントは「退職を決意した人が駆け込む場所」というイメージが強いものでした。しかし現在では、自身のキャリアを定期的にメンテナンスするための「情報収集ツール」として活用する動きが広がっています。なぜ今、転職を前提としない利用が増えているのでしょうか。
キャリア不安の高まり(終身雇用崩壊・スキル変化・AI台頭)
多くのビジネスパーソンが転職エージェントに登録する背景には、根強い「キャリアへの不安」があります。終身雇用制度の実質的な崩壊や、ジョブ型雇用への移行、さらにはAI技術の急速な発展により、「一社に依存し続けるリスク」が可視化されてきました。
実際に、20代・30代の正社員を対象とした調査では、約7割が「将来のキャリアに不安がある」と回答しています。会社がキャリアを守ってくれた時代から、個人が自律的にキャリアを構築しなければならない時代へと変化したことで、社外の物差しを持ちたいというニーズが急増しているのです。
転職市場は“情報戦”。早く知る人ほど選択肢が増える
転職市場において、もっとも価値があるのは「鮮度の高い情報」です。求人情報は景気動向や企業の事業フェーズによって刻一刻と変化しており、好条件の非公開求人は、採用ニーズが発生した瞬間に動き出します。
「転職したい」と思ったタイミングで動き出すのでは、その時点で募集されている求人しか選ぶことができません。一方、日常的にエージェントと接点を持ち、業界の動向や求められるスキルセットを把握している人は、自身の市場価値が最も高く評価されるタイミングや、希望に合致するポジションが空いた瞬間に動くことができます。この「情報の非対称性」を埋めるために、感度の高い層ほど早期にエージェントと接触しています。
転職しない人が使う=「キャリア資産の棚卸」としての活用
現在、転職エージェントを「キャリアの定期健診」として利用する考え方が定着しつつあります。これは、金融資産を定期的に見直すのと同様に、自身の「人的資本(スキル・経験)」を棚卸しする作業です。
社内の評価制度だけでは、どうしても自社特有の事情や上司との相性に左右されがちです。エージェントとの面談を通じて、自身の業務経験を職務経歴書という形に言語化することで、「社外でも通用するポータブルスキル」と「自社でしか通用しないスキル」の区別がつきます。この棚卸し作業こそが、現職での働き方を変え、中長期的なキャリア戦略を練るための土台となります。
転職エージェントを使うとわかる「今の自分の立ち位置」
社内にいるだけでは見えにくい「客観的な自分の評価」を知ることができるのが、エージェント利用の最大の利点です。市場という広い海の中で、自分が現在どの位置にいるのかを把握することで、漠然とした不安を具体的な課題へと変換できます。
自分の市場価値(年収・スキル・経験の相場感)を知る
最も分かりやすい指標が「適正年収」です。転職エージェントは膨大な転職実績データを持っているため、あなたの年齢、職種、経験年数、スキルセットを照らし合わせることで、「今の市場なら年収〇〇万円程度が相場」という現実的なラインを提示してくれます。
もし提示額が現職より高ければ、自分は不当に低く評価されている可能性に気づけます。逆に低ければ、現職の待遇が実は恵まれていることや、自身のスキルが市場の期待値に達していない現実を直視することになります。どちらの結果であっても、現状を数値で把握することは、キャリア形成における重要な判断材料となります。
自分が“どんな企業に合うのか”が明確になる
自分一人でキャリアを考えると、どうしても「今の職種」や「知っている業界」の延長線上でしか未来を描けません。しかし、プロのキャリアアドバイザーは、異業界への転職事例や、意外なスキルが評価されるポジションなど、第三者ならではの視点を持っています。
例えば、「営業職のコミュニケーション能力」が「カスタマーサクセス」や「人事」で高く評価されるケースなど、自分では気づかなかった適性や可能性を指摘してもらえることがあります。「自分にはこんな選択肢もある」と知るだけで、視野が広がり、精神的な余裕が生まれます。
自分のキャリアに不足しているスキル・経験が見える化される
「将来は〇〇のような仕事をしたい」という希望があったとしても、現状のスキルとのギャップが不明確なままでは、何をすべきか分かりません。エージェントとの対話では、希望するキャリアパスに進むために「今、何が足りないか」が明確になります。
「マネジメント経験があと1年必要」「〇〇の資格取得よりも、実務での××経験が評価される」といった具体的なフィードバックを得ることで、現職で明日から取り組むべき業務の優先順位が変わります。転職をせずとも、現職での過ごし方を「次のキャリアへの準備期間」として戦略的に変えることができるのです。
「転職しない人」が転職エージェントを使う3つのメリット
「転職しないなら、エージェントを使うメリットはないのでは?」と考える人もいますが、実際には転職活動そのもの以外にも多くの利点があります。ここでは、実際に利用したユーザーの声やサービスの特性から、転職を前提としない利用者が享受できる3つの主要なメリットを解説します。
メリット①:キャリア相談・棚卸をプロと一緒にできる
自分一人でこれまでのキャリアを振り返ろうとしても、「何が強みなのか」「どんな実績がアピールになるのか」を客観的に判断するのは困難です。自分にとっては当たり前の業務が、他社から見れば貴重な経験であることも少なくありません。
転職エージェントは、数多くの職務経歴書を見てきたプロフェッショナルです。彼らと対話を行うことで、自分の中に眠っていた強みや、言語化できていなかったスキルを掘り起こすことができます。いわば「キャリアの壁打ち相手」として活用することで、独りよがりではない、市場に通用する自己分析が可能になります。この棚卸し作業は、現職での昇進面談や目標設定にも応用できる汎用性の高いスキルとなります。
メリット②:最新の求人・スキル需要の情報が手に入る
インターネット上の求人サイトに掲載されている情報は、市場全体の一部に過ぎません。企業が競合に知られたくない戦略的な採用や、急募のポジションなどは「非公開求人」としてエージェントだけに共有されるケースが大半です。
エージェントに登録しておくことで、こうしたクローズドな情報に触れる機会が得られます。「今、どの業界で求人が増えているのか」「自分の職種ではどのようなスキルセットがトレンドなのか」といったリアルな一次情報は、ビジネスパーソンとしての感度を高めます。これらの情報は、社内でのキャリア形成においても、どのスキルを伸ばすべきかの指針となります。
メリット③:いざ転職したくなった時に最短で動ける
「会社が倒産した」「急な転勤を命じられた」「体調を崩しそう」など、転職せざるを得ない状況は突然訪れます。その時になって初めて職務経歴書を書き、エージェントを探し、登録面談をするのでは、初動が大幅に遅れてしまいます。
事前にエージェントに登録し、職務経歴書を一度でも作成しておけば、いざという時に「更新」するだけで済みます。信頼関係のある担当者がいれば、すぐに具体的な求人紹介を受けることも可能です。この「準備ができている」という事実は、日々の業務における精神的な安定剤となり、「いつでも辞められるから、今は思い切って働こう」というポジティブなマインドセットにもつながります。
転職エージェントを使っても「転職を強要されない」理由
「登録したら最後、しつこく転職を勧められるのではないか」という懸念は、多くの人が抱く共通のハードルです。しかし、近年のエージェント業界の構造やビジネスモデルを理解すれば、過度な心配は不要であることがわかります。
無理に転職を迫るのは一部の悪質業者だけ
確かにかつては、成果報酬欲しさに強引なマッチングを行う業者も存在しました。しかし、現在はSNSや口コミサイトでの評判が即座に広まるため、強引な手法をとるエージェントは淘汰されつつあります。
多くの優良なエージェントは「求職者の満足度」や「定着率」を重視しています。無理に転職させて早期離職された場合、紹介手数料の返金を求められる契約(返金規定)が一般的だからです。そのため、本人の意向を無視して転職を強要することは、エージェント側にとってもビジネス上のリスクが高く、合理的な行動ではありません。長期的な関係構築を目指す担当者ほど、求職者のペースを尊重する傾向にあります。
「情報収集」「キャリア相談」目的でも利用OK
多くの大手転職エージェントは、公式サイトなどで「情報収集のみの利用も歓迎」と明記しています。彼らにとって、優秀な人材プールを確保しておくことは、直近の売上にならなくとも重要な資産となるからです。
「今は良い話があれば聞きたい程度」「まずは自分の市場価値を知りたい」というスタンスは、エージェント側も十分に想定内の顧客層です。むしろ、切羽詰まっていない状態のほうが冷静な判断ができるため、質の高いマッチングにつながりやすいと考えるアドバイザーもいます。サービスを利用する正当な権利として、堂々と相談目的で活用して問題ありません。
面談時に“転職意欲が低い”と伝えるコツ
無用なトラブルやミスマッチを防ぐためには、最初の面談時に自身のスタンスを明確に伝えることが重要です。「良いところがあればすぐにでも」と誤解させてしまうと、熱心な求人紹介が裏目に出て「しつこい」と感じてしまう原因になります。
具体的には、「現職に大きな不満はないが、自身の市場価値を確認したい」「転職時期は未定で、中長期的にキャリアを考えたい」「まずは情報収集から始めたい」とはっきり伝えましょう。優秀なアドバイザーであれば、その温度感に合わせた頻度での連絡や、長期的な視点での情報提供に切り替えてくれます。最初に期待値を調整することが、良好な関係を築く鍵となります。
転職する気がない人がエージェントを使う際の注意点
転職エージェントは便利なツールですが、あくまで営利企業が運営するビジネスです。彼らの収益源は「企業への人材紹介」であるため、利用者側もその仕組みを理解した上で、主体的に使いこなす姿勢が求められます。転職意欲が低い段階で利用する際に、押さえておくべきポイントを整理します。
エージェント選びのポイント(キャリア相談型を選ぶ)
転職エージェントには大きく分けて「求人紹介型」と「キャリア相談型(コーチング含む)」の要素があります。一般的に、大手総合型エージェントは求人数が豊富な反面、効率的なマッチングを重視する傾向があります。一方で、特定の業界に特化したエージェントや、個人のキャリア支援を重視するサービスの中には、じっくりと話を聞くスタイルを得意とするところもあります。
転職意欲が低い段階では、ノルマに追われて「大量の求人を送ってくるだけ」の担当者とは相性が悪くなりがちです。口コミや評判を確認し、「親身に相談に乗ってくれる」「無理に勧めない」といった評価が多いサービスや、キャリアコーチング的な側面を持つサービスを併用して検討するのが賢明です。自分のフェーズに合ったパートナーを選ぶことが、有意義な時間にする第一歩です。
個人情報・履歴書提出の範囲を決めておく
エージェントを利用するには、基本的に個人情報や職務経歴の登録が必要です。これらは企業への応募時に使用されるものですが、まだ応募する気がない段階であれば、どこまで情報を開示するかを自分でコントロールする必要があります。
「特定の企業には自分の情報を知られたくない」という場合は、特定の企業に対して情報を非公開にするブロック機能があるかを確認しましょう。また、勤務先の企業に転職活動(準備含む)を知られないよう、現職の企業をブロック設定することは必須です。自身のプライバシーを守りながら、安全に情報を収集するための設定は事前に行っておきましょう。
自分の目的を「転職」ではなく「キャリア整理」に置く
エージェントとの面談において、主導権を相手に渡してはいけません。相手はプロですので、話しているうちに「転職したほうがいいかもしれない」という気にさせられることもあります。もちろん、それが本心からの納得であれば良いのですが、雰囲気に流されてしまうのは避けるべきです。
面談に臨む際は、「今日はキャリアの棚卸しが目的」「自分の市場価値を知りたいだけ」という軸をぶらさないようにしましょう。「良い求人があれば検討するが、基本的には現職に留まる選択肢が第一」というスタンスを崩さなければ、相手も無理な提案はできません。エージェントを「使われる」のではなく「使う」という意識を強く持つことが大切です。
まとめ|転職エージェントは「キャリアの定期健診」ツール
転職意欲がなくても「市場を知る」ことはキャリアの武器
これからの時代、一つの会社で定年まで勤め上げることが保証されている人はごくわずかです。そのような環境下において、自分のスキルや経験が社外でどう評価されるかを知らないことは、キャリアにおける大きなリスクとなり得ます。
転職エージェントを「転職するためだけの場所」と捉えるのではなく、「自分のキャリア資産を時価評価してもらう場所」と再定義してみてください。定期的に市場価値を確認し、自身の強みと弱みを客観視できていれば、現職での仕事の質も変わり、将来に対する漠然とした不安も軽減されるはずです。
転職エージェント=転職活動だけでなく“キャリア戦略支援サービス”
転職する気がなくても、エージェントに登録し、職務経歴書を更新し、カジュアルに面談を受ける。このプロセス自体が、自律的なキャリア形成の第一歩です。「いつでも転職できる」というカードを懐に持ちながら、今の仕事に全力で取り組む。これこそが、不確実な時代を生き抜くための、最も健全で戦略的なワークスタイルと言えるでしょう。
まずは気軽に、自分のキャリアを「点検」するつもりで、エージェントの扉を叩いてみてはいかがでしょうか。
■ 出典リスト
- 内閣府『令和元年版 子供・若者白書(就労等に関する若者の意識)』
https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/r01honpen/s0_0.html
確認日:2025年12月21日 - 厚生労働省『労働市場分析レポート』等、一般的な労働市場動向に基づく
https://www.mhlw.go.jp/
確認日:2025年12月21日 - 主要転職エージェント各社公式サイト(サービス利用規約・FAQより「情報収集のみの利用」に関する記述を確認)
確認日:2025年12月21日