仕事は人生の大半を占めるにもかかわらず、「今の会社で成長できるのか」「自分に合ったキャリアとは何なのか」と答えの出ない不安を抱える声は非常に多いです。特に20代後半から30代にかけては、周囲の結婚や昇進、独立といった変化が目につきやすく、自分の立ち位置に迷いが生じがちです。
SNS上では「好きなことで生きていく」「市場価値を高めるべき」といった言葉が溢れていますが、その一方で「そもそもやりたいことが見つからない」「今の仕事に違和感はあるが、次に何をすべきか分からない」という“キャリア迷子”の状態に陥っている人も少なくありません。本稿では、なぜ理想のキャリア像を描くのが難しいのかという背景を整理し、完璧な答えを求めずに「仮のキャリア像」を置いて動き出すための具体的な方法を解説します。
目次
理想のキャリア像を描けない人が増えている理由
「理想のキャリア像を明確にすべき」という風潮がある一方で、実際にそれを描けずに悩む人が増えている背景には、社会構造の変化や情報過多による心理的な要因が大きく関係しています。
時代の変化と「キャリアの不確実性」
かつての終身雇用制度が前提だった時代には、企業が用意したレールを登ることが標準的なキャリア形成でした。しかし現在は、テクノロジーの進化や産業構造の変化が激しく、数年後にどのような職種が生き残っているかさえ予測が困難です。この不確実性が、「一度決めたら後戻りできない」というプレッシャーを強めています。選択肢が多様化したからこそ、「どれを選べば正解なのか」という意思決定の難易度が上がり、結果として足が止まってしまう状況が生まれています。
「やりたいことがない=悪」ではない
キャリアに関する多くの情報源では、明確なビジョンを持つことが成功の条件であるかのように語られます。しかし、実際には「今の不満を解消したい」という回避的な動機からキャリアを再考するケースも一般的です。焦りは視野を狭め、自分を既存の職種名やスキルセットという枠に無理に当てはめようとさせてしまいます。「やりたいことがない」のは、まだ自分に合う環境や役割に出会っていない、あるいは選択肢を絞り込めるだけの判断材料が不足している状態に過ぎません。
ADHD傾向や飽きっぽさも強みになる理由
一つのことを長く続けられない、あるいは興味が次々と移ってしまう性質を「キャリア形成における欠点」と捉える人もいます。しかし、変化の激しい現代においては、その多角的な興味こそが「適応力」や「探索力」として機能します。特定の分野に固執せず、複数の領域を渡り歩くことで得られる独自の視点は、労働市場において希少性を生む源泉となり得ます。「飽きっぽさ」を「好奇心の旺盛さ」と言い換えることで、キャリア像を動的なものへと再定義することが可能です。
「理想のキャリア像」を“仮”で描くという考え方
キャリアにおける「正解」を求めて立ち止まってしまう人にとって必要なのは、完璧な目的地ではなく、まずは一歩を踏み出すための「仮置きの旗」です。
「仮」でOKな理由(行動の起点を作るため)
最初から「一生かけてやり遂げたいこと」を見つけようとすると、心理的負荷から動けなくなります。自分に何が向いているかは、実際にその環境に身を置くことでしか判明しません。仮のキャリア像を設定する目的は、意思決定のコストを下げ、行動の起点を作ることです。方向性が決まれば、どのスキルを磨くべきかという選択基準が明確になります。動いてみて「違った」と気づくことも、重要な前進です。
完璧主義を手放す=試作的キャリア設計
製品開発における「アジャイル」の手法と同様に、キャリアも不完全な試作品(プロトタイプ)から始める考え方が有効です。「これこそが天職だ」と確信してから動くのではなく、「今の自分ならこの方向性が面白そうだ」という程度の確信度で設計してみる。この試作的アプローチにより、失敗のリスクを過大評価して動けなくなるハードルを下げることができます。
“仮のキャリア像”をつくる3ステップ
具体的な手順として、以下の3ステップを推奨します。
- 理想の暮らしを言語化する:仕事内容の前に、場所・時間・人間関係といった生活基盤を定義する。
- 自分の強み・快の感情を抽出する:過去の経験から「苦ではないこと」「心が動いた瞬間」を特定する。
- 仮テーマを設定し、試しに動く:要素を掛け合わせ、「Webスキル×自由な場所」といった仮テーマを決める。
実践ワーク|理想の暮らしから逆算してキャリア像を描く
自分軸を見つけるためには、スキルや市場需要よりも先に「どんな暮らしをしたいか」というライフスタイルからの逆算が効果的です。
「仕事」より「どんな暮らしをしたいか」を書き出す
まずは職業名を一切出さずに、以下のような環境条件を制限なく書き出します。
- 住む場所:都心か地方か、固定か移動型か。
- 人間関係:チーム連携か、個人作業中心か。
- 物理的環境:服装の自由度、オフィスの雰囲気、リモートの可否。
理想の1日のスケジュールを描いてみる
より具体化するために、24時間の理想的なタイムスケジュールを作成します。何時に起き、実働何時間で、終業後に何をしたいか。この「理想のスケジュール」と現状のギャップを埋めることが、キャリア選択における強力な判断軸となります。
感情ワード(安心・自由・達成など)を軸にする
条件だけでなく、自分がどのような状態でいたいかという「感情」を軸にします。
| 感情カテゴリー | 具体的なキーワードの例 |
|---|---|
| 安心・安定 | 規則正しい、長期的な信頼、保障がある |
| 自由・裁量 | 自分のペース、場所を選ばない、変化に富む |
| 成長・達成 | 切磋琢磨、評価が見える、新しい挑戦 |
| 貢献・つながり | 感謝される、誰かの役に立つ、仲間意識 |
描いた“仮のキャリア像”を動かしてみる
仮の像を描いた後は、低リスクな方法で現実の世界と照らし合わせていく段階に入ります。
小さく試す「キャリアプロトタイプ」の作り方
いきなり転職するのではなく、まずは今の生活を維持しながら要素を小さく取り入れます。
- 情報収集の質を変える:目指したい方向にいる人にコンタクトを取り、具体的な日常を聞く。
- 副業やプロボノで関わる:週数時間から関わり、実際の業務適性を確認する。
- 学習を開始する:関連スキルの講座を受講し、学習自体が苦痛でないか判定する。
失敗してもそれが“自己理解のデータ”になる
行動の結果「違和感」を覚えたとしても、それは失敗ではありません。「自分にはこの要素が必要だった」「これは不要だった」という気づきは、実際に動いたからこそ得られた貴重なデータです。この積み重ねが、次なる「仮のキャリア像」の精度を高めます。
1ヶ月単位で見直す「仮のキャリア像」の更新法
キャリア像は常に更新し続けるものです。1ヶ月ごとに「最も快を感じた瞬間」「ストレスを感じた場面」を振り返り、1ヶ月前の理想とのズレを確認します。定期的なアップデートを前提とすることで、変化に強い舵取りが可能になります。
まとめ|“仮のキャリア像”から動き出した人が結果的に自分軸を見つける
理想のキャリア像が描けずに悩むことは、自分自身の人生をより良くしようと向き合っている証拠です。最初から100点の正解を求めず、60点の「仮の理想」を掲げて動き出すことから始めましょう。
「自分軸」は行動の過程で削り出されるものです。キャリアは設計図通りに建てるビルではなく、手入れをしながら大きくしていく「庭」のようなもの。まずは今日、今の自分が「いいな」と思える要素を一つ、仮のキャリア像に書き加えてみてください。その一歩が、キャリア迷子から抜け出す確かな始まりとなります。